球技系スポーツと乳酸【乳酸の基本とトレーニング】

指導者向け

本記事では

球技系スポーツにおける「持久力」を乳酸の視点からどのように考えるか

について解説します。

前回のブログの後半で「持久力を考える上では乳酸を理解することが大切」ということをお伝えしました。そこで具体的に乳酸とはなにか、球技系スポーツの持久力と乳酸の関係性等について解説したいと思います。

1.球技系スポーツと乳酸【トレーニングを考える上で必要な知識】

1−1.乳酸とは

人間は動くときにエネルギーを使って動いています。その主なエネルギー源となるのが「糖」と「脂肪」です。糖はエネルギーになりやすいですが、糖が1度に生み出すエネルギーの量は多くありません。一方、脂肪は1度に生み出すエネルギーの量は多いですが、分解までには時間がかかります。運動の強度が低いと脂肪を利用する割合が多く、強度が上がるにつれて糖が使われるようになります。

糖は分解されるとピルビン酸という物質になり、ピルビン酸はミトコンドリアというところで分解されます。つまり「糖→ピルビン酸→ミトコンドリア」という流れで分解されていきます。ミトコンドリアでピルビン酸の分解が間に合っているうちはよいのですが、運動強度が上がると糖をたくさん分解してエネルギーを作ることになります。するとピルビン酸がたくさんできてしまいミトコンドリアでの分解が間に合わなくなります。そこで人間はピルビン酸を一度乳酸に変えて血中に出します。つまり、運動強度が上がり、ピルビン酸の分解が間に合わなくなって血中に出ていくときにできるのが乳酸です。高い強度で運動をすると糖がたくさん分解され乳酸ができますが、運動強度が低くなったり、運動をやめると乳酸はまたピルビン酸に戻り、ミトコンドリアに入って分解されます。

エネルギーを得るタイミングは「糖が分解されたとき」と「ピルビン酸がミトコンドリアに入って分解されるとき」の2つです。乳酸は疲労物質といわれることもありましたが、血中に出た乳酸をピルビン酸に変え、分解してエネルギーを得ていることから、乳酸は疲労物質ではなく重要なエネルギー源です。

ミトコンドリアでピルビン酸を分解できる能力を「筋の酸化能力」と呼びます。筋の酸化能力が高いとより速く乳酸をエネルギーに変えることができます。また、脂肪をエネルギーに変えるときは酸化能力が重要になります。従ってトレーニングによって酸化能力が高まることで、乳酸を素早くエネルギーに変えることができるようになるとともに、脂肪をより利用できるようになり糖の分解をおさえることができます。

マラソンの30km以降できつくなったり、サッカーの後半で走れなくなるのは身体から糖が少なくなりエネルギーが作り出せなくなることが原因の1つになっていると言われています。従って、トレーニングによって筋の酸化能力を高め、糖の分解を抑えることが持久力を向上する上で1つ重要になるといえます。

1−2.持久力を高めるために必要なトレーニング

乳酸の知識があるとLT(乳酸性作業閾値)とという言葉を聞いたことがあるかもしれません。血中の乳酸は直線的に上がっていくわけではなく、ある点を超えると急激に上昇します。血中乳酸濃度はmmol(ミリモル)という単位で表されます。LTは血中乳酸濃度が2mmolを超えた点のことをさします。LTの運動強度から速筋線維が動員されてくると言われています。また運動していて「ややきつい」と感じるのもLTあたりからです。LT付近でトレーニングをすることによって筋の酸化能力を高めることができるといわれています。

では持久力を高めるためには筋の酸化能力を高めるためのトレーニングだけしていればよいのでしょうか?答えは“No”です。LTはややきついと感じる運動強度ですので、それほど運動強度は高くありません。球技系のスポーツではダッシュとジョグを繰り返す間欠的持久力が求められます。すなわち、ダッシュをするために高強度で動くことも必要になります。高強度で運動をするときに重要なのが「最大酸素摂取量」を高めることです。最大酸素摂取量とは、簡単に言うと身体に取り込める酸素の量のことです。最大酸素摂取量を高めることは高強度の運動をより長い時間継続して行うことにつながります。従って持久力を高めるためには「筋の酸化能力」と「最大酸素摂取量」の2つをトレーニングする必要があります。

1−3.どのようなトレーニング手段があるか

筋の酸化能力を向上させるためにはLT付近でより長く運動する必要があります。一方、最大酸素摂取量を向上させるためにはレペティショントレーニングやインターバルトレーニングなどを行うことが必要です。これらを試合の日程や他の練習と組み合わせながら配置していくことになります。

持久力を高めるためのトレーニングは様々な種類があります。トレーニングの役割を理解し、今何をするべきかを選択するためには科学的な背景を理解していることが必要です。走り込みをすれば持久力が上がるだろうからなんとなくこのトレーニングをやっている、というのではなく選手の課題とトレーニングの目的を明確にしたうえでトレーニングをすることが重要でしょう。

ウエイトトレーニングの回数や負荷を設定するときに理由があるように、持久系のトレーニングのプログラムにもそのプログラムを組む理由があります。科学が全てではありませんが、背景的な知識をもとにプログラムを組んでいるか否かでトレーニングの質は当然異なるでしょう。より選手に効果的なトレーニングが処方できるよう精進しなければと思っています。

乳酸と運動負荷の関係を知るためには、実際に測定をする必要があります。乳酸を計測するためには専用の器具と知識が必要です。また、現在は医療系の資格がないと計測ができない?(定かではないので知識をお持ちの方ご教授願います)と聞いたこともあるので実際に測定をすることは難しいかもしれません。

部活などではちょっとキツいと感じるくらいで30分のランニングをする、などのようにとりいれると大体LT付近の強度になっているでしょう。一方、インターバルトレーニングを計画するのはより複雑なため今回は解説を割愛します。

乳酸についてより詳しく知りたい方は前回のブログで紹介した本がおすすめです。

2.まとめ

乳酸とはというお話とトレーニング方法を解説しました。インターバルトレーニングについては操作する変数も多く複雑なため、また別の機会にまとめたいと思います。

持久力を理解する上で乳酸の知識はマストです。今回の解説はほんの一端で持久力は様々な要素が絡み合っています。この機会に乳酸について学んでみてはいかがでしょうか?

<参考文献>
八田秀雄, 新版 乳酸を活かしたスポーツトレーニング, 講談社, 2015
八田秀雄, 乳酸をどう活かすかⅡ, 杏林書院, 2016
八田秀雄, 乳酸サイエンスーエネルギー代謝と運動生理学ー, 市村出版, 2017