#30 その運動の目的はなにか ー運動学の視点から運動を整理するー
上京してもう少しで1年が経ちます。セミナーなどにも通い勉強を続けているとよくわからないトレーニングしているなーという運動をSNSで多く目にします。そこで大学・大学院時代に学んだ「運動学」という学問に立ち返ったとき少し考えが整理できるのではないかと思いつきました。「運動学」という学問を通して運動を整理し、自分に合った違和感が少し解決しそうなので以下にまとめてみようと思います。
1.運動学における「運動」の定義
スポーツ科学のなかに運動学という分野があります。元はドイツで発達した学問であり、マイネルの「スポーツ運動学」や金子明友先生の「技の伝承」などの本が有名です。運動感覚について研究する学問であり、個人的には運動指導をするうえで勉強するべき分野の一つと考えています。運動学では「運動」という言葉を以下の2つに定義しています。
movement:反復することで運動そのものが上手になる(できばえそのものを学習)
exercise:反復することで生理学的適応が起きる(手段としての運動)
すなわちmovementとしての運動は運動そのものが上手くなることを目的としており、exerciseはある結果を達成するための手段として用いる運動のことを示しています。例を挙げるとmovementとしての運動はサッカーでボールが上手に蹴られるようになる、逆上がりが上手にできるようになるということです。exerciseとしての運動は例えば、スクワットで下肢の筋力を鍛える、ランニングで心肺機能を向上させるなどの目的を達成するために用いられる運動のことをさします。学校体育で行われる運動は運動そのものが上手くなるmovementとしての運動の学習が主でしょう。一方、exerciseとしての運動はいわゆるトレーニングとしての運動でフィットネスクラブや体力向上のために行うトレーニングが該当すると言えます。では、このように「運動」という言葉をmovementとexerciseとして整理した場合、自分がよく目にするトレーニングはどちらの運動として用いられているのか考えてみます。
2.movementとexerciseの定義から目の前にあるトレーニングを整理してみる
①ウエイトトレーニング
ウエイトトレーニングは上の分類ではexerciseに該当します。主に筋力やパワーの向上という目的に対してスクワットやデッドリフトなどの運動が用いられます。目的に対する手段としては有効であることは研究でも示されており、齟齬はないといえます。
②競技動作に負荷をかける運動
競技動作に近い運動にケーブルなどを用いて負荷をかけるトレーニングをネットなどでよく見かけます。このトレーニングを処方する人は「ウエイトトレーニングで筋力を高めても競技動作でそれが発揮できなければ意味がない」という理論に基づいているものが多いように思えます。ここでの目的は「競技動作中における力発揮を高める」ということでしょうか。では、このトレーニングはmovementとexerciseのどちらに分類されるでしょう?「力発揮を高める」という目的であればすなわちそれは筋力を向上させることに繋がるので「筋力を向上させる」という目的であれば①のウエイトトレーニングが最も効率が良いことは明白です。となるとexerciseではないように思えます。ではmovementでしょうか?競技動作中の力発揮が大きいことは競技動作が上手であるということとイコールではありません。女子ゴルフ選手が筋力がある一般の男性よりもボールを飛ばすことができるのは「力の発揮の仕方」が上手なのであり、動作中に発揮する力が大きいわけではありません(これに言及するとかなり長くなってしまいますしバイオメカニクスを理解しないとわかりえない部分でもあるので今回は割愛します)。従ってこの手のトレーニングはmovementとexerciseにははっきり分類できないように思えます。
③不安定なところで行う筋力トレーニング
バランスボールの上に乗ってバーを持ち行うトレーニングもあるようです。このトレーニングはどちらに分類されるのでしょうか?筋力の向上を目的とするのであれば②で述べたのと同じです。ではmovementのトレーニングでしょうか?それも当てはまらないように思えます。このトレーニングも②同様どちらにも当てはまりません。
3.運動を整理することの意義
movementとexerciseという言葉の定義から目の前にある運動を整理してみました。一つの学問的立場から言葉の定義を整理することで議論を深めることができるので言葉を整理することには一定の意義があると思います。movementとexerciseの運動がごちゃごちゃになり、指導している運動が何を目的として行っているのかが曖昧になると効果がないばかりか時間を浪費することにつながりかねません。そこで対価が発生するのであればお金と時間を割いてくださったお客様が損をすることになります。この運動をどういう目的で行うかについて考えることは、運動に対する理解が深まるとともにより効果のある指導ができることにつながるのではないかと思います。
4.まとめ
自分の頭の整理のために運動についてまとめてみました。運動学の視点から運動を整理しましたがこの分類はあくまで一学問の捉え方の一つですからこれに当てはまるのがすべて正解とは限りません。また、今回紹介した運動はあくまで自分がみて考えられる目的を想定したに過ぎないのでその指導者に確固たる目的と根拠があり理が通っているのなら指導することに問題はないかと思います。