#41 野球の投球動作におけるバイオメカニクス的知見とトレーニング【下半身で重要なこと】

指導者向け 選手・一般の方向け

最初にお断りしますが自分は野球の専門家ではありません。しかし、大学・大学院でバイオメカニクスを専門に勉強してきました(バイオメカニクスに関する詳しい解説はこちら)。従って力学的な視点から動作について解説することはできます。以前もピッチャーが体重を増やすことについてバイオメカニクスの視点から記事を書いています。

野球もシーズンが終わりオフ真っ只中です。オフシーズンはシーズンの疲れをしっかりとるとともに来シーズンに向け準備をする重要な期間でもあります。この時期にしっかりトレーニングができるかどうかは来シーズンが充実するかどうかに大きく影響するでしょう。

「投手は足腰が大事」という言葉を耳にします。そして足腰を鍛えるために「ウエイトが大事」と言われたり「走り込みが大事」と言われたり、この時期にニュースやSNSを見ながら議論が絶えない話題の1つだなーと思っています。

ところで「足腰」を鍛えるといっても具体的にどの筋を鍛えるのが重要かご存知でしょうか?脚といっても「股関節」「膝関節」「足関節」と3つの関節があり、それぞれ動き方が違います。なにをどのように鍛えるか理解することはトレーニングをする上で重要なことかと思います。

そこで今回は、投球動作に関するバイオメカニクスの文献を紹介し、速い球を投げるために必要な下半身の要素について解説し、どのようにトレーニングすべきかについて考えてみたいと思います。

1.研究で明らかになっていること

1-1.文献の紹介

今回参考にした文献は以下の3つです。

①投動作を助ける脚のはたらき」

②球速の異なる野球投手の動作のキネマティクス的研究

③野球のピッチング動作における体幹および下肢の役割に関するバイオメカニクス的研究

①の文献は体育の科学という雑誌に載っている記事です。学術的な表現で書かれているので読むのは少し大変かもしれませんが、詳細について知りたい方は読んでみることをお勧めします。(詳しい文献はまとめの参考文献を参照ください。)

②と③はバイオメカニクス研究という学会誌(学会が発行している論文等が載っている書物)に載っている論文です。内容は少し難しいですが、緒言とまとめを読むくらいならやってみてもいいかもしれません(論文の読み方に関する記事はこちら)。近々オープンアクセス(無料でネットから読めるようになる)と聞いていますので、ご興味があるかたはバイオメカニクス学会のHPの「学会誌」という項目にアクセスしてみてみてください(まだオープンにはなっていないようです(2019/12/24現在)。

1-2.用語の解説

これからバイオメカニクスの文献を参考に解説を進めます。わからない専門用語があると、この後の文章が読みにくくなるので最初に少し解説したいと思います。

関節トルク:関節の周りで発揮した「正味」のモーメント(トルク)(4)です。きちんと理解しようとすると話が難しくなるので、ひとまずここでは「○○関節のトルクが大きい」という文章が出てきたら「○○関節で発揮した力が大きい」と解釈してください。例えば「股関節伸展トルクが大きかった=股関節で伸展方向に発揮した力が大きかった」ということです。

関節トルクパワー:関節周りで発揮したパワーです。例えば「股関節伸展トルクによる正(または負)のパワーが大きかった」というように表現されます。「正のパワー」を発揮している時はコンセントリックな筋活動で、「負のパワー」を発揮している時はエキセントリックな筋活動でパワーを発揮しているということを示しています。従って、例えば「股関節伸展トルクによる正のパワーが大きかった」ということは「股関節を伸展させる方向にコンセントリックな筋活動で大きなパワーを発揮していた」ということになります。

角速度:どのくらいの速度で角度が変化したかを示したものです。例えば50°/秒という角速度であれば1秒間に50°角度が大きくなった(または小さくなった)ということになります。角速度は通常「°」ではなく「rad」(「ラジアン」と読みます。1rad≒57.3°です)を使って示されることが多いです。論文などでは例えば「股関節伸展角速度が大きかった」というように表現されます。これは「股関節を大きな速度で伸展させている」ということを意味しています。

1-3.両脚の役割と必要な重要となる筋

今回参考にした文献では、右投げの投手がボールを投げる場合の右脚を「軸脚」、左脚を「踏込脚」と定義しています。以下、それぞれの脚の役割について得られている知見について解説します。

①軸脚について

球速の速い投手と遅い投手の動作を比較した研究(2)において「球速の速い投手は、踏込動作時(挙上した脚を捕手方向に踏み込む動作)に軸脚股関節および膝関節を大きく曲げ(屈曲し)、踏込脚が接地する直前に大きな角速度で伸展していた(文献1本文引用)」とされています。また、ピッチング動作中の関節トルクなどを分析した研究(3)において、「軸脚股関節では踏込脚接地直前に大きな伸展トルクの正のパワーを発揮していた」とされています。従って、この2つの研究をあわせると、より速い球を投げるためには踏込脚が接地する直前に股関節と膝関節を素早く伸展することが重要であり、その際、股関節のコンセントリックな筋収縮による伸展方向に大きなパワーを発揮することが重要であると推察できます。要するに、速い球を投げるためには踏込脚が接地する前に軸脚の股関節で伸展方向により大きなパワーを発揮するのが大事だよってことです。

②踏込脚について

下半身の関節トルクなどを分析した研究(3)によると「踏込脚接地後からリリースまでに踏込脚股関節では大きな伸展トルクによる負のパワーが発揮されており、膝関節では股関節ほど大きくはないものの伸展トルクが発揮されていた(文献1本分引用)」とされています。つまり、踏込脚が接地してからボールがリリースされるまでの間、股関節のエキセントリックな収縮による伸展方向への大きな力を発揮することが重要であると考えられます。従って「軸脚」同様に投球動作において股関節の伸展方向に大きな力を発揮できることが重要といえます。

2.どうトレーニングするか

投球動作において股関節の伸展方向に大きな力を発揮できることはご理解いただけたでしょうか?本項では股関節伸展方向に大きな力を発揮するために重要な筋について整理し、そのトレーニング方法について考えたいと思います。

2−1.股関節を伸展する筋とトレーニング

股関節を伸展するために大きな役割を担っている筋は「大臀筋」と「ハムストリング」です。つまり「お尻」と「腿裏」の筋肉を鍛えることが重要だよってことです。

ここでトレーニングの方法について少し考えてみます。前項の紹介した文献から、投球動作において「軸足」「踏込脚」の両方の脚の股関節で伸展方向に大きな力を発揮することが重要だということがわかっています。つまり「大きな力」を発揮できるようになるためにトレーニングをする必要があるということです。ここでよく話題に上がる「走り込み」について考えてみます(ここでいう「走り込み」は「スプリント走」などの短い距離を走るものではなく、長距離をたくさん走ることをさすものとします)。筋肉には「速筋」と「遅筋」という大きく2つの種類があります。「速筋」は大きな力を発揮することが得意ですが疲労しやすく、「遅筋」は大きな力を発揮することが苦手ですが長く動き続けることができます。これまでの知見から投球速度を大きくするためには「より大きな力発揮」ができるようになることが目的となるので、「速筋」を鍛えることが重要になるといえます。しかし、「走り込み」のトレーニングでは遅筋の発達を促してしまうため「大きな力発揮の向上」という目的には適いません。「速筋」を効率よく鍛えるためにはウエイトトレーニングが重要になるといえます。

2−2.効率よくウエイトトレーニングをするために

「ウエイトトレーニング」と一言に言っても様々なやり方があり、その「やり方」一つで効果が変わってきてしまうことは事実です。スクワット一つとってもフォームによって使う筋肉は違ってきます(スクワットのフォームに関する記事はこちら)。また、研究によってもフォームによって活動する筋が異なることが示されており(5)、「スクワットをする→臀筋やハムストリングが鍛えられる」ということにはなりません。その他の種目にも同様のことが言えます。とにかくウエイトトレーニングでは「やり方」がとても重要です。

2−3.できるなら専門家に見てもらうことが一番

当然、費用はかかりますがウエイトトレーニングを行おうとした場合、専門家に依頼することをお勧めします。専門家はフォームを教えてくれるだけでなく、適切な負荷設定や回数、セット数などのプログラムを作り、より効率よく筋力を鍛えるトレーニングを提供してくれるはずです。選手がトレーニングに裂ける時間は実際それほど多くなく、ウエイトトレーニングはやり始めてすぐ効果がでるものではないので、より効率よく取り組む必要があります。自己流では、よほど勉強をしていない限り適切にプログラムを変化させたり、適切なフォームでトレーニングをすることは難しいかと思います。ご自身のパフォーマンスを向上させるためにも是非「トレーニングの専門家」を訪ねてみてください。当然、自分もトレーニング指導の専門家として活動しているのでもしご興味がある方がいらっしゃいましたらご連絡いただければと思います。(お問い合わせはこちら、トレーニング指導についてはこちら)。また、場所などの都合が合わなければ専門家のご紹介ができることもあるかもしれませんので、是非ご相談ください。

3.まとめ

投球動作に関するバイオメカニクス的知見を整理し、トレーニングの重要性について書いてみました。今回紹介した内容は文献の本の一部であり、実際にはもっと多くのデータを用いて投球動作のメカニクスについて考察がされています。より詳細に勉強してみたい方は是非文献を読んでみてください。今回ご紹介したトレーニングは、「大きな力発揮ができるようになる」ということが目的の場合のトレーニング方法です。「心肺機能の向上」や「持久力」の向上が目的となった場合は、「走り込み」が必要になることもあるでしょう。これは方法論なので、本記事内で話すとキリがないと思いこれ以上は言及しないことにします。なにより選手にとってオフシーズンのトレーニングはとても重要です。是非、この時期に充実したトレーニングを送っていただきたいと思っています。

<参考文献>
1.高橋圭三, 投動作を助ける脚のはたらき, 体育の科学, 56(3), 174-180, 2006
2.高橋圭三, 阿江通良, 藤井範久, 島田一志, 川村卓, 小池関也, 球速の異なる野球投手のキネマティクス的比較, バイオメカニクス研究, 9(2), 36-52, 2005
3.島田一志,阿江通良,藤井範久,結城匡啓,川村卓, 野球のピッチング動作における体幹および下肢の役割に関するバイオメカニクス的研究, バイオメカニクス研究, 4(1), 47-60, 2000
4.阿江通良, 藤井範久, バイオメカニクス20講, 2002, 朝倉書店
5.真鍋芳明, 横澤俊治, 尾縣貢, 動作形態の異なるスクワットが股関節と膝関節周りの筋の活動および関節トルクに与える影響, 体力科学, 53, 321-336, 2004

【編集後期】

バイオメカニクスを学ぶ機会を提供するために、追々コンサルや勉強会のようなものを開催したいと考えています。どんな形がいいかは検討している最中ですが、参加いただいた方が意欲的に学ぶ機会になるように考えたいと思います。また、この競技の知見を紹介してほしいなどご意見あればお問い合わせやtwitterのDMでお知らせいただければ幸いです。